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【サッカー】ロシア代表のアジア枠移籍はどうなった?FIFAやUEFAの反応は?

ウクライナ侵攻をきっかけに、ロシアサッカーは国際舞台から姿を消しました。出場停止が長引くなか、一時は「いっそヨーロッパを離れてアジアに移ってしまえばいいのでは」という大胆な構想が真剣に検討された時期がありました。

結局この話はどうなったのか? 

結論としては、実現しませんでした。では、なぜ実現しなかったのか。その経緯をたどってみます。

なぜ「アジア移籍」が浮上したのか


2022年2月、ロシアはウクライナへの侵攻を受けて、FIFAとUEFAから国際大会への出場を全面的に禁止されました。ワールドカップ予選も欧州選手権も締め出され、代表もクラブも国際舞台でプレーできなくなります。出口の見えない状況です。

そのなかで生まれたのが、UEFAを脱退してアジアサッカー連盟(AFC)に移籍するという案でした。「ヨーロッパで戦えないのなら、アジアの枠から国際大会への復帰を目指そう」という発想です。ロシアサッカー連合(RFU)のデュコフ会長は「AFCは受け入れの準備をしてくれている」とまで語り、一時はかなり前のめりの姿勢を見せていました。過去にはオーストラリアがオセアニアからAFCへ移った前例もあり、決して荒唐無稽な話ではなかったのです。

FIFAとUEFAの冷ややかな反応


ところが、サッカー界の本丸はこの案にあまり乗り気ではありませんでした。

UEFAのチェフェリン会長は、ロシアのアジア移籍について「ロシアサッカーを100年前に戻すことになる」と述べ、はっきりと否定しました。暗にアジアのレベルを格下に見るような物言いで、当時は大きな話題になりました。UEFAとしては、有力な加盟国であるロシアをできれば引き止めておきたいという思惑もあったとみられます。

FIFAの反応は、もっと根本的なところを突いていました。そもそもFIFAが制裁を解除しない限り、ロシアはアジアに移ってもワールドカップ予選には出場できません。しかもアジアカップ予選はワールドカップ予選と連動しているため、FIFAの許可がなければアジアの大会にすら出られない可能性がありました。つまり「移籍したところで問題は何も解決しない」という構造的な壁が立ちはだかっていたのです。

最後はロシア自身が「欧州残留」を選んだ


決め手になったのは、ほかでもないロシア自身の判断でした。2023年12月、ロシアサッカー連合は投票を行い、満場一致でAFC加盟に反対。最終的にヨーロッパに残ることを選びます。

その背景には、冷静な損得勘定がありました。アジアに移れば、チャンピオンズリーグという最高峰の舞台も、そこから得られる巨額の放映権料や大会賞金も失うことになります。さらに広大なアジアを移動する負担や、過酷な気候のもとで戦う難しさといった、アジア特有の障壁もあります。天秤にかければ、欧州にとどまるほうが得だという結論に落ち着いたわけです。

あとがき


こうして「アジア移籍」という構想は立ち消えになり、ロシアの国際復帰は、やはり停戦と制裁解除という本筋に戻ってきました。今もロシア代表は、格下国との親善試合で細々と活動をつなぐ日々を送っています。

スポーツが政治と完全には切り離せないという現実を、この一件はくっきりと映し出しているように思います。アジアという「避難先」を探してさまよい、最後は元の場所に戻ってきたロシアサッカー。その行方が再び動き出すのは、ピッチの外で平和が訪れたときなのかもしれません。