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風力発電と「風車病」を調査するモコモコ

耳に聞こえない音が体に影響する?風力発電と「風車病」のお話

「音」と聞いて、みなさんは何を思いうかべますか?

車のクラクション、音楽、人の声、雨の音……。私たちは毎日、さまざまな音に囲まれて暮らしています。ところが、世の中には「人間の耳では聞こえないのに、体には影響を与えている音」があることを知っていますか?

その代表が「低周波音(ていしゅうはおん)」と呼ばれる音です。そして今、この低周波音との関係で、「風力発電の近くに住む人たちが体調をくずす」という問題が、世界中で議論されています。

この記事では、低周波音とはなにか、なぜ風力発電と関係するのか、そして「風車病」と呼ばれる健康被害の現状を、小中学生でもわかるようにやさしく解説していきます。

もくじ

  1. そもそも「音」ってなに?
  2. 人間の耳に聞こえる音と聞こえない音
  3. 低周波音と超低周波音のちがい
  4. 風力発電はなぜ低周波音を出すの?
  5. 「風車病」と呼ばれる症状
  6. 海外と日本、それぞれの立場
  7. 研究はどこまで進んでいる?
  8. これからどうするべきか
  9. あとがき

1. そもそも「音」ってなに?

音は、空気のこまかいふるえ(振動)が耳に届いたものです。

たとえば、太鼓をたたくと空気がビリビリとふるえ、そのふるえが耳の中の鼓膜に伝わり、「ドン」と音として聞こえます。

音の「高さ」と「大きさ」

音には2つの大事な性質があります。

  • 高さ(周波数):1秒間に何回空気がふるえるか。単位はヘルツ(Hz)
  • 大きさ(音圧):ふるえの強さ。単位はデシベル(dB)

周波数が高いほど高い音(キーン、ピー)に、低いほど低い音(ドン、ゴロゴロ)に聞こえます。


2. 人間の耳に聞こえる音と聞こえない音

人間の耳が聞きとれる音の高さには、じつは限界があります。

周波数 聞こえ方
20ヘルツ以下 ほとんど聞こえない(超低周波音)
20〜100ヘルツ かすかに聞こえる低い音(低周波音)
100〜1,000ヘルツ 会話など、日常の音
1,000〜4,000ヘルツ 人間がいちばん聞きとりやすい範囲
20,000ヘルツ以上 聞こえない(超音波)

つまり、20ヘルツより低い音は、人間にはほとんど聞こえないのです。でも、「聞こえない」ことと「存在しない」ことは違います。音としては確かにそこにあるのです。


3. 低周波音と超低周波音のちがい

低周波音(ていしゅうはおん)

おおよそ100ヘルツ以下の低い音です。100ヘルツに近い音はかすかに聞こえますが、20ヘルツに近づくほどほとんど聞こえなくなります。

超低周波音(ちょうていしゅうはおん)

20ヘルツ以下の、ほぼ聞こえない音のことを言います。

耳で聞こえなくても、体は感じる

おどろくことに、耳で聞こえない音でも、人間の体はそれを感じとっているという研究があります。体が振動のようなものを感じ、

  • 胸のあたりに圧迫感を感じる
  • 「何かおかしい」という感覚がある
  • なんとなく落ち着かない

といった反応をおこすことがあるのです。


4. 風力発電はなぜ低周波音を出すの?

では、なぜ風力発電が低周波音と関係があるのでしょうか?

羽根が空気を「たたく」から

大きな風車の羽根は、1枚がなんと50〜80メートルもあります。これが回転すると、

  • 羽根が空気をおしのけながら動き、空気のうねりをつくる
  • タワー(柱)の近くを通るときに、空気が一瞬圧縮される
  • 数秒に1回のペースで、ドン、ドン、という周期的な圧力変化が生まれる

この空気の動きが、低周波音や超低周波音として周囲に広がっていくのです。

低周波音は遠くまで届く

低周波音のやっかいなところは、波長が長いので遠くまで届くという性質です。

  • 高い音(1,000ヘルツ):壁や木でさえぎられて、すぐ弱まる
  • 低い音(10ヘルツ):数キロメートル先まで届く

だから風力発電の場合、風車から1〜2キロメートルはなれた家まで、低周波音が届いてしまうことがあるのです。

風力発電の低周波を心配するモコモコ


5. 「風車病」と呼ばれる症状

海外では、風力発電所の近くに住む人たちから、次のような体調不良の訴えが報告されています。これらはまとめて「風車病(ふうしゃびょう)」、または「超低周波空気振動症候群」と呼ばれることがあります。

よく報告される症状

  • 頭痛
  • めまい
  • 吐き気
  • 眠れない(不眠)
  • 疲れがとれない
  • 耳鳴り
  • 集中力の低下
  • 胸の圧迫感
  • イライラ・不安感

特徴的なのは「家を離れると治る」

風車病の症状の大きな特徴は、「家から離れると症状が軽くなったり消えたりする」という点です。

たとえば、旅行で遠くに出かけているときはすっきりしていたのに、家に帰ってくるとまた頭痛がはじまる――こういう訴えが多くの国から報告されています。

個人差がとても大きい

もうひとつの特徴は、「同じ家族でも、症状が出る人と出ない人がいる」ことです。

人間は感じられる音の範囲に個人差があり、とくに低周波音にびんかんな人とそうでない人がいます。また、耳の奥(内耳)の構造に生まれつきのちがいがある人(全人口の数パーセント)は、とくに低周波音の影響を受けやすいと考えられています。

だから、「となりの家の人は大丈夫なのに、自分だけつらい」という状況が起こりうるのです。これが、風車病の理解をむずかしくしている大きな理由でもあります。


6. 海外と日本、それぞれの立場

風力発電による健康被害については、世界中で議論が続いています

健康被害が報告されている国

  • アメリカ
  • カナダ
  • オーストラリア
  • ニュージーランド
  • オランダ
  • ドイツ
  • スウェーデン
  • その他ヨーロッパ各国

これらの国では、風車の近くに住む人たちから健康被害の訴えが多数よせられ、研究者たちによる調査が行われてきました。

日本国内での対応

日本でも、2007年に愛知県豊橋市・田原市の風力発電所の近くで、健康被害を訴える住民が続出しました。豊橋市だけで26人、田原市で2人が体調不良を訴え、行政が調査に乗り出すこととなりました。

環境省は2017年に「風車騒音が直接的に健康影響を生じる可能性は低い」という指針を出しましたが、これに対して異議を唱える研究者や医師も少なくありません。

第一人者だった汐見文隆(しおみふみたか)医師

日本で低周波音被害の研究に40年以上にわたって取り組んだ医師として知られるのが、汐見文隆医師(1924〜2016)です。

汐見医師は、京都帝国大学医学部を出たあと、和歌山県で内科医として多くの患者さんを診てきました。1972年ごろから低周波音による健康被害の研究を始め、「聞こえないけれど、確かに人を苦しめる音がある」ということを、40年以上にわたり研究しつづけた人物です。

1995年にはその功績で田尻賞を受賞しており、日本の低周波音研究の第一人者とされています。


7. 研究はどこまで進んでいる?

影響のしくみがだんだんわかってきた

最近の研究では、低周波音が人体にどう影響するかが、少しずつ明らかになってきています。

北海道大学などの研究では、低周波音の影響は次の3つに分けられると考えられています。

  1. 心理的な影響:「音が気になる」ことで起きる睡眠障害
  2. 物理的な影響:圧迫感・振動感による不快感
  3. 内耳への直接的な影響:耳の奥の前庭や半規管が刺激されて起きる頭痛やめまい

とくに3つ目は、風車病の中心的な症状と考えられています。

「因果関係の立証」がむずかしい

ただ、困ったことに、「風車が原因で体調が悪くなっている」とハッキリ証明することは、科学的にとてもむずかしいのです。

  • 空気のふるえは目に見えない
  • 気温や気圧によって音の伝わり方が変わる
  • 症状には個人差が大きい
  • 症状が出るまでに時間がかかることもある

だから「風車と体調不良の因果関係はわからない」と言われてしまいがちなのですが、これは「影響がない」という意味ではなく、「証明がむずかしい」という意味です。

「予防原則」という考え方

こうした科学的にむずかしい問題について、世界では「予防原則(よぼうげんそく)」という考え方が広まってきています。

これは、

「重大な影響が出るかもしれないと疑いがあれば、はっきり証明される前でも、前もって対策をとるべきだ」

という考え方です。健康や環境にかかわる問題では、「わからないから何もしない」のではなく、「わからないからこそ慎重に」という態度が大切、というわけです。


8. これからどうするべきか

被害者の声に耳をかたむける

まず大切なのは、実際に体調不良を訴えている人たちの声をていねいに聞くことです。「気のせい」「考えすぎ」と片付けるのではなく、なにが起きているのかを真剣に調査することが必要でしょう。

風車と住宅の距離(セットバック)を十分にとる

世界では、風車と住宅地のあいだに一定の距離をおくことが一般的になってきました。国や地域によって基準は違いますが、数百メートルから2キロメートル以上というルールがあります。

日本では、この基準がまだ十分に整理されていないとの指摘があります。

住民の合意形成を大切に

風力発電は、地球温暖化をふせぐために必要なエネルギーです。でも、そのせいで近くに住む人の健康や暮らしが犠牲になってはいけません

事業者・行政・住民がしっかりと話し合い、「どこに建てるか」「どう運用するか」を決めていくことが、これからますます大切になります。

さらなる研究を進める

低周波音と健康への影響については、まだまだ研究が必要です。日本でも世界でも、より多くのデータをあつめ、科学的な知見を積み重ねていくことが求められています。


9. あとがき

「聞こえないから、影響がない」――これは、じつはかんちがいかもしれません。

私たちは五感で感じるものだけを信じがちですが、世の中には見えない・聞こえないけれど、確かに存在するものがたくさんあります。電波もそう、放射線もそう、そして低周波音もそうです。

風力発電は、地球の未来のためにとても大切な技術です。だからこそ、「便利さや環境のためだから、多少の犠牲はしかたない」ではなく、「誰も犠牲にならない形で広げていく」ことを目指したいものです。

風車の近くで苦しんでいる人がいるなら、その人たちの声に真剣に耳をかたむけ、原因を調べ、対策を考えていく。そういう社会であってほしい、と多くの専門家が訴えつづけています。

エネルギー問題は、どこかひとつを立てれば別の場所に影響が出る、とても複雑な問題です。でも、だからこそ、知ること・考えること・話し合うことが大切になります。

この記事を読んで、「低周波音」という見えない音の存在と、その影響を知ることに少しでも関心を持っていただけたらうれしく思います。