スワブテとは?幻の最高級ハマグリ碁石の正体をわかりやすく解説
こんにちは!囲碁の対局で使われる、ツヤツヤと輝く美しい白石。実はあれ、プラスチックでも石でもなく、「ハマグリの殻」から作られているってご存知でしたか?
囲碁の世界を少し覗いてみると、道具にこだわる愛好家たちの間で「スワブテ」という不思議な言葉が飛び交うことがあります。これは、最高級の白石を指す憧れの言葉なのですが、一体何のことなのでしょうか?
今回は、初心者の方にもわかりやすく「スワブテ」の秘密と、その正体について解説します!
まず知っておこう!碁石って何からできているの?
スワブテの話に入る前に、まず囲碁の碁石がどんな材料でできているのかを紹介しましょう。
囲碁は黒と白の石を交互に打つゲームですが、この「黒石」と「白石」は、実はまったく別の天然素材から作られています。
黒石の正体 ―― 三重県熊野市の「那智黒石(なちぐろいし)」
黒石に使われているのは、「那智黒石」と呼ばれる天然の石です。日本で作られている碁石の黒石は、そのほぼすべてが那智黒石でできています。
那智黒石は、三重県熊野市の神川町(かみかわちょう)という山奥の町だけで採れる、とても珍しい石です。「那智」という名前が付いているので和歌山県の那智勝浦町で採れると思われがちですが、実際の産地は三重県熊野市です。那智勝浦の熊野那智大社のお土産として昔から売られていたために、「那智黒」という名前が定着したと言われています。
那智黒石は、今からおよそ1400万年〜2000万年前に海底に積もった泥が長い時間をかけて固まってできた岩石(粘板岩・ねんばんがん)の一種です。粒子がとても細かく(なんと0.1ミクロン!)、磨けば磨くほど美しい漆黒の輝きが出てきます。碁盤の上にパシッと置いた時の音や、手に持った時のずっしりとした重みも心地よく、碁石の素材として最高の性質を持っています。
ちなみに那智黒石は碁石だけでなく、硯(すずり)や試金石(金属の純度を調べる道具)としても古くから使われてきました。「試金石」という言葉は現代でも「物事の価値を見分ける基準」という意味で使いますが、その語源はまさにこの那智黒石なのです。
白石の正体 ―― ハマグリの殻
一方、白石に使われているのは、なんと**ハマグリの貝殻**です。天然の貝殻を丸くくり抜いて、ひとつひとつ碁石の形に仕上げていきます。
ハマグリの殻は光に透かすと美しい縞模様(しまもよう)が浮かび上がり、触った感触もなめらかで、独特の温かみがあります。プラスチックやガラスの碁石とはまったく違う打ち味で、多くの囲碁ファンから愛されています。
そして、この白石の世界における最高峰が、今回の主役「スワブテ」なのです。
スワブテの正体は、日本の海にいる「チョウセンハマグリ」!
結論から言うと、最高級の碁石を生み出す貝の正式名称(標準和名)は**「チョウセンハマグリ」**と言います。
名前に「チョウセン(朝鮮)」と付いているので、「外国から輸入した貝なの?」と勘違いされがちですが、実はれっきとした日本在来の貝です。房総半島(千葉県)より南の太平洋側、能登半島より南の日本海側に広く生息しています。台湾やフィリピンなどにも分布しています。
「チョウセン」という名前の由来
では、なぜ日本にいる貝なのに「チョウセン」と名付けられたのでしょうか?
実はこの名前の由来については、いくつかの説があります。
ひとつは、江戸時代に波の穏やかな内湾で採れる普通の「ハマグリ」(お吸い物に入っているアレです)と区別するために、外洋の荒波のなかで育つこの大型のハマグリに対して、「異国風の」「エキゾチックな」という意味合いで「朝鮮」と名付けたという説です。江戸時代の「朝鮮」という言葉には、朝鮮通信使に代表されるような異国への憧れのニュアンスがあったとされています。
もうひとつは、朝鮮半島にも分布するからという説です。
いずれにせよ、チョウセンハマグリは日本の海に古くから暮らしている貝であり、外来種ではありません。
普通の「ハマグリ」との違い
チョウセンハマグリと普通のハマグリは、よく似ているけれど別の種類です。主な違いを紹介しましょう。
住んでいる場所が違う―― 普通のハマグリは波の穏やかな内湾の砂地に住みますが、チョウセンハマグリは外洋に面した荒波の海岸に住んでいます。
大きさが違う―― チョウセンハマグリの方が大きく、殻の長さは最大で10センチほどにもなります。
殻の丈夫さが違う―― チョウセンハマグリの殻は普通のハマグリよりも厚くて頑丈にできています。荒波に負けないように、しっかりとした殻を持っているのです。
普通のハマグリは近年かなり数が減っていて、絶滅危惧種に指定されています。一方、チョウセンハマグリは鹿島灘(茨城県)、九十九里浜(千葉県)、日向灘(宮崎県)などで今も見ることができますが、こちらも以前に比べると数は減っています。
では、なぜ「スワブテ」と呼ばれるの?
生物としてのチョウセンハマグリは全国の海にいますが、**宮崎県日向市(ひゅうがし)のお倉ケ浜(おくらがはま)や伊勢ケ浜(いせがはま)の一帯で採れたものだけ**が、特別に「スワブテ」と呼ばれます。
これは宮崎の地元の方言が語源で、意味は次のとおりです。
スワ= 貝のフチ(縁)や唇のこと
ブテ= 太い、分厚いこと
つまりスワブテとは、**「フチが異常に分厚いハマグリ」**という意味の方言なのです。地元ではチョウセンハマグリの別名・地方名としてこの言葉が使われてきました。
日向の海が育てた、謎の「分厚さ」
なぜ宮崎県日向市のチョウセンハマグリだけが、そこまで分厚くなるのでしょうか?
実はこれ、現代の科学でも完全には解明されていない謎なのです。
かつて東京帝国大学(現在の東京大学)の研究者がこの現象を調べましたが、原因を突き止めることはできませんでした。さらに興味深いことに、日向のチョウセンハマグリを別の海に移植しても、同じように分厚くはならないことがわかっています。
つまり、日向灘の特殊な海の環境 ―― 激しい波、海底の砂の質、海流、水温など、さまざまな条件が複雑に絡み合って、この地域のハマグリだけが殻を異常なほど分厚くしている、と考えられています。しかし正確なメカニズムは未解明のままです。
学術的には「一種の奇形的発育」とも表現されますが、これは病気や異常というより、特定の環境で長い年月をかけて生まれた、その場所だけの特殊な形質と言った方がわかりやすいでしょう。
いずれにせよ、この厳しい自然が生み出した「分厚さ」こそが、碁石の世界で最高級とされる理由なのです。
碁石の「号数」と「等級」―― 知っておくともっと楽しい!
ここで、碁石のランクの決まり方を紹介しましょう。碁石のランクは主に「号数(厚み)」と「等級(縞模様の美しさ)」の2つで決まります。これを知っていると、スワブテがなぜ特別なのかがもっとよくわかります。
号数 = 碁石の厚み
碁石の厚さは「号数」という数字で表されます。号数が大きいほど碁石は厚くなり、一般的に厚い碁石ほど高級とされます。いくつか例を挙げてみましょう。
25号…… 厚み約7.0ミリ
30号…… 厚み約8.0ミリ
33号…… 厚み約9.2ミリ
36号…… 厚み約10.1ミリ
40号…… 厚み約11.3ミリ
実際に対局で使いやすいのは30号〜36号あたりで、指でつまみやすい厚みです。40号を超えると見た目は大変立派ですが、重心が高くなって碁盤の上で揺れやすくなるので、実用というよりも鑑賞・コレクション向けの面もあります。
厚い碁石を作るには、当然、元の貝殻がそれ以上に分厚くなければなりません。ひとつの貝殻からくり抜ける碁石はごくわずかで(殻の外縁部から最大2個程度)、分厚い貝殻はそれだけ希少なのです。
等級 = 縞模様の美しさ
白石を光に透かすと、貝殻特有の縞模様が見えます。この縞模様(貝目・かいめ)の細かさと、石の白さによって等級が付けられます。等級が高い順に並べると、こうなります。
雪印(ゆきじるし)…… 縞目がとても細かく、純白で美しい。最も希少で高価
月印(つきじるし)…… 縞目がやや広め。雪印の次に高品質
実用(じつよう)…… 縞目の間隔が広いもの。普段使いに適した品質
日向産のスワブテ貝の場合は、もともと貝目が細かいという特徴があるため、等級は主に石の色味(白さ)で分けられます。真っ白なものが「雪印」、やや黄味がかったものが「月印」、さらに色が付いたものが「花印」と呼ばれます。
ちなみに、碁石のランクを決めるのは白石の方だけです。黒石は那智黒石で品質が安定しているため、白石ほど等級による差は生じません。
そして「幻の最高級碁石」へ
ここまで読んでいただければ、スワブテがなぜ特別なのかが見えてきたと思います。
日向市のお倉ケ浜で採れたチョウセンハマグリ = スワブテ貝は、他のどの産地のハマグリよりも殻が分厚い。だから、ふっくらとした厚みのある碁石を作ることができます。しかもその殻は硬度が高くキメが細かいため、仕上がった碁石は宝石のように艶やかで、内部には透き通った美しい縞模様が浮かびます。碁盤に打ち下ろした時の「カチン」という高く澄んだ音も、身がギュッと詰まったスワブテならではの魅力です。
この日向産スワブテの碁石は、宮崎県の伝統工芸品に認定されています。
「幻」と呼ばれる理由
しかし、この最高級のスワブテ碁石は、もはや新しく作ることがほぼできなくなっています。
戦後、囲碁の人気が高まり碁石の需要が急激に増えた結果、日向産のスワブテ貝は採り尽くされてしまいました。現在では海から天然のスワブテ貝を採ることはほとんどできず、かつてはサンドポンプ(船から海底の砂をポンプで汲み上げる方法)で砂の中に混ざっているわずかな貝殻を探すこともありましたが、それも今ではなくなっています。
そのため日向産スワブテの碁石は**「幻の碁石」**と呼ばれ、現存するものは大変な高値で取引されています。参考までに、専門店での販売価格を見てみましょう。
スワブテ貝「30号 雪印」…… 約30万円
スワブテ貝「34号 雪印」…… 約240万円
スワブテ貝「36号 雪印」…… 約500万〜630万円
スワブテ貝「38号 月印」…… 約970万円
号数が上がるにつれて価格が跳ね上がっていくのがわかります。38号の雪印ともなると、もはや「お問い合わせください」と値段が書かれていないこともあります。小さな貝殻からくり抜いた碁石ひと組が、高級車を買えるほどの価格になるのです。
「日向特産」と表示できるのは、日向市お倉ケ浜産のスワブテ貝で作られたものだけ。証明書が付き、製造元による品質保証がなされます。
現在の主役 ―― メキシコ産のハマグリ
日向産のスワブテが枯渇した現在、市場に流通している蛤碁石の99%はメキシコ産のハマグリを原料としています。
このメキシコハマグリは、メキシコのバハ・カリフォルニア半島南端に近い地域で採れる貝です。生物学的にはチョウセンハマグリとは異なり、ハマグリ属ではありませんが、同じマルスダレガイ科に属する近い仲間です。メキシコの荒波が寄せる砂底で育った貝殻はやはり分厚く、碁石の材料として優れた性質を持っています。
メキシコ産の碁石は「日向特製」と表示され、メキシコから輸入した原料を日向の職人が伝統の技術で加工して製品にしたものです。品質は非常に高く、一般的な対局や鑑賞には十分すぎるほどの美しさがあります。価格も日向産スワブテに比べればずっと手が届きやすく、たとえば30号の雪印で約7〜8万円程度から手に入ります。
日向産スワブテとメキシコ産の主な違いとしては、スワブテ貝はもともと貝目が細かく、独特の色味や風合いがあるのに対し、メキシコ産は純白で均一な色をしている点が挙げられます。どちらが良い悪いというより、それぞれに異なる美しさがあると言えるでしょう。
碁石を支える職人の技
最後に、碁石を作る職人さんたちについても触れておきましょう。
ハマグリの殻から碁石を作る工程は、すべてが手作業と熟練の技術に支えられています。まず原料の貝殻を専用の機械で丸くくり抜き、次に「面摺り(めんずり)」と呼ばれる工程で碁石の両面に丸みをつけ、最終的に「手摺り(てずり)」で形を整えていきます。ひと組の碁石(白石180個、黒石181個の合計361個)を均一な厚みに仕上げるのは、大変な技術と根気が必要な作業です。
蛤碁石作りは宮崎県の伝統工芸として認められており、伝統工芸士の認定を受けた碁石職人がその技術を守り続けています。
おわりに
もし、どこかで「日向特産(スワブテ)」の碁石を見る機会があったら、ぜひじっくりと観察してみてください。
その小さなひと粒は、宮崎県日向灘の謎めいた海の環境が長い年月をかけて育てた、異常なほど分厚いチョウセンハマグリの殻から生まれたもの。そしてそれを碁石の形に仕上げたのは、代々受け継がれてきた日向の職人の技。さらに、対になる黒石は三重県熊野市の山奥から掘り出された2000万年前の那智黒石 ――。
たった361個の碁石の中に、日本の自然と職人の技がぎゅっと詰まっている。そう考えると、囲碁の奥深さがまた少し違った角度から楽しめるはずですよ!