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囲碁と将棋の脳の使い方はどこが違う?

将棋と囲碁で脳の使い方は違う?脳科学の研究からわかってきたこと

将棋と囲碁。どちらも盤の上で相手と向き合い、じっくり考えて一手を打つゲームです。

「どっちも頭を使うゲームでしょ?」と思うかもしれません。たしかにそのとおりなのですが、実は脳科学(のうかがく)の研究によって、将棋を指しているときと囲碁を打っているときとでは、「脳の中で特に活発にはたらく場所が少し違う」ということがわかってきました。

この記事では、「将棋と囲碁で脳の使い方はどう違うの?」という疑問について、できるだけやさしい言葉で紹介していきます。

そもそも「脳」ってどうなっているの?


まず、脳のしくみをざっくり知っておきましょう。

人間の脳は、場所によって得意な仕事が違います。たとえば、こんなふうに分かれています。

前頭葉(ぜんとうよう):おでこの裏あたり。「考える」「計画を立てる」「がまんする」など、いちばん人間らしい働きをする司令塔のような場所。
頭頂葉(とうちょうよう):頭のてっぺんあたり。空間を把握したり、ものの位置関係を理解したりするのが得意。
側頭葉(そくとうよう):耳の横あたり。言葉を理解したり、記憶を引き出したりする。
後頭葉(こうとうよう):後頭部。目から入った情報(見えているもの)を処理する。
小脳(しょうのう):脳の後ろの下のほう。体の動きをなめらかにするほか、考えるスピードにも関係している。
大脳基底核(だいのうきていかく):脳の奥深くにある部分。くり返しの練習で身についた動作や判断を、無意識にすばやく引き出すのに関わっている。

将棋や囲碁をしているとき、これらの場所がどんなふうに使われるかが、研究のテーマになっています。

 将棋の脳科学 ── 「ひらめきの回路」が見つかった


将棋の脳の研究で特に有名なのが、日本の理化学研究所(理研)が2007年から行った「将棋プロジェクト」です。プロ棋士とアマチュアの両方にfMRI(エフエムアールアイ)という脳の活動を画像で見る装置に入ってもらい、詰め将棋を解いてもらいました。

すると、おもしろいことがわかりました。

プロ棋士が「次の一手」をパッとひらめくとき、脳の奥深くにある尾状核(びじょうかく)という場所が強くはたらいていたのです。これは大脳基底核の一部で、「くり返し練習したことを、考えなくても自動的にできるようにする」役割を持っています。

たとえば、自転車に乗るとき、最初は「右足で踏んで、左足で踏んで……」と考えますよね。でも慣れると何も考えなくてもスイスイ乗れます。それと似たようなしくみが、プロ棋士の「直観(ちょっかん)」にも関わっていたのです。

一方、アマチュアの人は、この尾状核がほとんど活動していませんでした。つまり、プロ棋士は何千、何万局という経験の積み重ねによって、「この盤面にはこの手」という引き出しを脳の奥に作り上げていて、それを瞬時に開けることができる、というわけです。

また、盤面をパッと見て状況を把握するときには、楔前部(けつぜんぶ)という場所も活発になっていました。ここは空間的なイメージを頭の中で組み立てるのが得意な場所です。

まとめると、将棋のプロ棋士の脳では「楔前部で盤面をつかみ、尾状核で最善手をひらめく」という流れが、すごいスピードで起きているのです。

囲碁の脳科学 ── 「全体をざっくりつかむ力」がカギ


では、囲碁ではどうでしょうか。

囲碁の盤面は19×19で、将棋(9×9)よりもずっと広いです。しかも、将棋の駒のように「飛車」「角」といった種類がなく、すべて同じ形の白と黒の石を使います。

そのため、囲碁では「この石がどう動く」という計算よりも、「盤面全体を見渡して、どちらが優勢か」「この辺りの陣地(じんち)はどのくらいの広さか」といった、大きな視点での判断がとても大事になります。

脳の研究でも、囲碁のプロ棋士はアマチュアと比べて、楔前部小脳の活動が目立つという報告があります。楔前部は将棋でも出てきましたが、囲碁ではさらに「盤面全体の空間的な広がり」を把握するために強く使われていると考えられています。

また、日本棋院は「囲碁は特に右脳を使うゲーム」と紹介しています。右脳は、形やパターン、空間の認識が得意な側です。盤面の広がりや石の配置を「感覚的にとらえる」ときに、右脳が活躍しているというわけです。

ただし、これは「囲碁は右脳だけ」「将棋は左脳だけ」という意味ではありません。実際にはどちらのゲームでも、脳の多くの場所が協力し合って動いています。あくまで「どこが特に目立って活発か」という違いです。

将棋と囲碁の脳の使い方、何が同じで何が違う?


ここまでの話を整理してみましょう。

【共通していること:】

将棋も囲碁も、「盤面を見る(視覚)」「状況を判断する」「記憶から情報を引き出す」「次の手を決める」という基本的な脳の働きは同じです。どちらも前頭葉をしっかり使って考えますし、集中力や記憶力も求められます。

【違いが見えるところ:】

将棋では、「この盤面→この手!」と直観的に最善手を引き出す回路(尾状核)がプロの特徴として際立っています。いわば「ピンポイントで正解を引き当てる力」です。

囲碁では、盤面全体の広がりや勢力バランスをざっくりと空間的に把握する力がより強調されます。いわば「全体の地図を頭の中で描く力」です。

イメージとしては、将棋の脳は「ベテラン刑事が現場を見た瞬間に犯人がわかる」ような直観型。囲碁の脳は「パイロットがコックピットから広大な景色を見渡して判断する」ような俯瞰型。もちろんこれはわかりやすくするためのたとえで、実際にはどちらのゲームにも両方の力が必要です。

「生まれつきの違い」ではなく「練習で作られる違い」


ここでとても大事なことがあります。

将棋のプロ棋士の脳と囲碁のプロ棋士の脳に見られる違いは、「生まれつきのものではありません」。

長い年月をかけて練習を積み重ねることで、脳の使い方が少しずつ変わっていった結果です。これを専門用語では「神経可塑性(しんけいかそせい)」といいます。やさしく言えば、「脳は練習によって自分を作り変える力を持っている」ということです。

実際に、将棋の初心者に簡単な将棋の訓練をしてもらった研究では、練習を重ねるにつれて、プロ棋士に見られるのと同じ尾状核の活動がだんだん強くなっていったそうです。

つまり、「将棋の才能がある脳」「囲碁の才能がある脳」が最初からあるわけではなくて、一生懸命に取り組むことで、脳がそのゲームに合った使い方を覚えていくのです。

これは将棋や囲碁に限った話ではありません。スポーツでも音楽でも勉強でも、長く真剣に取り組んだことは、脳の回路に刻まれていきます。

まだまだわかっていないことも多い


ここまで読んで、「へえ、けっこういろいろわかっているんだな」と思ったかもしれません。でも実は、この分野にはまだまだ謎がたくさんあります。

大きなポイントとして、将棋と囲碁を同じ条件で直接比較した脳の研究はほとんどないということがあります。

将棋の研究は将棋の被験者で、囲碁の研究は囲碁の被験者で、それぞれ別々に行われてきました。だから、「将棋と囲碁の脳の違い」として語られていることの多くは、別々の研究結果をつなぎ合わせて推測したものなのです。

もし将来、「将棋も囲碁も両方強い人」に両方やってもらいながら脳を測る、なんて研究が行われたら、もっとはっきりした答えが出るかもしれません。

脳科学は日々進歩している分野です。これからの研究で、さらに新しい発見があるかもしれませんね。

あとがき


今回は「将棋と囲碁で脳の使い方は違うのか?」というテーマで、脳科学の研究をもとに書いてみました。

調べてみて面白いなと思ったのは、「どちらが頭を使うか」という優劣の話ではまったくなかった、ということです。将棋にも囲碁にも、それぞれ違った種類の「すごさ」があって、脳はそれぞれのゲームに合わせた使い方を身につけていく。その柔軟さこそが、人間の脳のいちばんすごいところなのかもしれません。

将棋を指している人も、囲碁を打っている人も、あるいは両方楽しんでいる人も、「自分の脳は今こんなふうに頑張っているんだな」と想像しながら対局してみると、また一味違った楽しさがあるかもしれません。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。