小学校の校門前で変なおもちゃを売っていた人たちの正体とは?
40年ほど前、つまり昭和の終わりから平成の初めごろまで、小学校の校門の外で、変なおもちゃやグッズを売っている人を見かけた記憶はないでしょうか。
下校時間になると、校門の近くに知らないおじさんが立っていて、手品道具のようなもの、よくわからない便利グッズ、妙に気になるおもちゃなどを並べている。
今の時代ではかなり珍しい光景です。というより、今なら学校や保護者からすぐに問題視されるかもしれません。
では、あの人たちはいったい何者だったのでしょうか。
結論から言うと、あれは多くの場合、学校とは直接関係のない 行商人、露天商、または子ども向けの商品を売る販売業者 だったと考えられます。
校門前で売っていたもの
まず、当時どのようなものが売られていたのかを整理してみます。
| 種類 | 売られていたものの例 |
|---|---|
| おもちゃ系 | 手品道具、変形するおもちゃ、光るおもちゃ、ゴム鉄砲のようなもの |
| 文房具系 | 大きな消しゴム、キャラクター文具、変わった鉛筆やノート |
| 教材系 | 漢字カード、計算カード、地図カード、知育グッズ |
| 縁日系 | くじ引き、型抜き、ポン菓子、アイス、お面 |
| 生き物系 | 金魚、ヒヨコ、カブトムシ、クワガタなど |
地域によっては、もっと変わったものもあったようです。
子どもから見ると、どれも妙に魅力的でした。今考えると「本当に安全だったのか?」と思うような物もありますが、当時の子どもにとっては、学校帰りのちょっとしたイベントのような存在だったのかもしれません。
特に手品道具や変なおもちゃは、実演販売のように見せて売ることもありました。
「ほら、こうすると消えるんだよ」
「これを使うと、友だちをびっくりさせられるよ」
「今だけ安いよ」
このように、子どもの好奇心をくすぐる売り方をしていたわけです。
あの人たちは学校の関係者だったのか?
ここが一番気になるところです。
答えとしては、 ほとんどの場合、学校の関係者ではなかった と考えてよいでしょう。
理由は、売っていた場所が「校門の外」だったからです。
学校の中で物を売るなら、当然ながら学校の許可が必要です。しかし、校門の外、つまり道路や学校の敷地外であれば、学校の管理が少し届きにくくなります。
もちろん、今なら校門の外であってもかなり問題になります。
- 子どもに直接物を売る
- 保護者の許可なくお金を使わせる
- 安全かどうかわからない物を売る
- 食べ物や生き物を扱う
- 道路上で子どもを集める
こうした点を考えると、現在ではかなり厳しく見られるはずです。
しかし、昔は今よりも全体的にゆるい時代でした。
防犯意識も現在ほど高くありませんでしたし、子どもが小銭を持って駄菓子屋へ行くことも普通でした。学校の近くで子ども向けの商品を売る人がいても、今ほど大きな問題にはならなかったのでしょう。
正体その1:個人の行商人
一番わかりやすいのは、個人の行商人です。
行商人とは、店を持たずに、いろいろな場所を回って物を売る人のことです。
昔は、今よりも行商という商売が身近でした。野菜を売る人、魚を売る人、豆腐を売る人、金物を売る人などが、地域を回って商売をしていました。
その子ども向けバージョンとして、小学校の近くでおもちゃや文房具を売る人がいたと考えるとわかりやすいです。
校門前は商売しやすい場所だった
小学校の校門前は、商売をする側から見ると、かなり都合のいい場所でした。
なぜなら、下校時間になると子どもが大量に通るからです。
しかも、子どもは珍しい物が好きです。安いおもちゃ、光るグッズ、手品道具などを見せられると、つい欲しくなります。
つまり、商売をする側から見れば、 子どもがたくさん集まる場所で、子ども向けの商品を売る という、とても単純な商売だったわけです。
正体その2:露天商や縁日系の人
次に考えられるのが、露天商や縁日系の商売をしていた人です。
露天商とは、お祭りや縁日などで屋台を出す人たちのことです。
お祭りで見かける、くじ引き、型抜き、ヨーヨー釣り、金魚すくい、お面、綿あめ、りんご飴、おもちゃ屋台などに近い商売です。
特に、くじ引きや型抜き、ヒヨコ販売のようなものは、縁日文化に近いです。
昔は、子どもの遊び場として、駄菓子屋や縁日が今よりも身近でした。校門前で物を売る人も、その延長線上にいたのかもしれません。
ただし、露天商といっても、すべてがきちんとした商売だったとは限りません。中には、許可があいまいなまま売っていた人もいたでしょう。
だからこそ、子どもから見ると少し怪しく見えたのだと思います。
正体その3:教材や文具の販売業者
もう一つ考えられるのが、教材や文具の販売業者です。
昔は、子ども向けの学習教材や文房具を、学校の近くで売る業者もいました。
- 漢字カード
- 計算カード
- 地図や国旗のカード
- 早覚え表
- 学習ノート
- 知育おもちゃ
- 顕微鏡のような理科グッズ
子どもに対して、 「これを使えば勉強ができるようになるよ」 「学校で役に立つよ」 という形で売っていた可能性があります。
しかし、ここにも問題があります。
本当に役に立つ教材ならまだよいのですが、子どもには価値が判断しにくい商品もあります。見た目だけ立派で、中身はたいしたことがない。値段が高い。親に相談せずに買わせる。こうしたことがあれば、かなり問題です。
今なら、学校の近くで子どもに直接教材を売ることは、かなり警戒されるでしょう。
正体その4:かなり怪しい商売人
そして、忘れてはいけないのが、かなり怪しい商売人もいた可能性があるということです。
- 粗悪なおもちゃを高く売る
- 著作権的に怪しいキャラクター商品を売る
- 子どもに強引に買わせる
- 安全性がわからない商品を売る
- 食品や生き物を雑に扱う
子どもは大人ほど商品の良し悪しを判断できません。
「今だけ」「すごい」「友だちも買っている」と言われると、つい買ってしまうこともあります。
その意味では、あの校門前販売は、かなりグレーな商売だったとも言えます。
もちろん、すべての人が悪質だったわけではありません。中には、普通に安いおもちゃを売っていただけの人もいたはずです。
しかし、学校の許可を得ずに、子どもを相手に商売していたとすれば、現代の感覚ではかなり危ういものがあります。
なぜ昔はそんなことができたのか?
では、なぜ昔は校門前で物を売ることができたのでしょうか。
1. 今より防犯意識が低かった
昔は、今ほど子どもの安全に対する意識が高くありませんでした。
もちろん、昔の人が子どもの安全を考えていなかったわけではありません。しかし、現在ほど細かく管理されていたわけではありませんでした。
知らない大人が学校の近くにいても、今ほど大きな問題にはならなかったのです。
2. 子どもが小銭を持っていた
昔の子どもは、駄菓子屋でお菓子を買うために、10円、50円、100円といった小銭を持っていることがありました。
そのため、校門前で安いおもちゃを売れば、子どもがその場で買うことができました。
今でも子どもがお金を持つことはありますが、昔のほうが「子どもが自分で小さな買い物をする文化」が強かったように思います。
3. 駄菓子屋文化が残っていた
昔は、学校の近くに駄菓子屋があることも珍しくありませんでした。
子どもが学校帰りに駄菓子屋へ寄る。そこでお菓子や小さなおもちゃを買う。そういう文化がありました。
校門前で売る人たちは、その駄菓子屋文化に近い存在だったのかもしれません。
4. 学校の外までは管理しにくかった
学校の中で勝手に商売をすれば、すぐに止められます。
しかし、校門の外であれば、学校としても対応が難しかったのでしょう。
もちろん、あまりに問題があれば注意したはずです。しかし、短時間だけ来て、下校時間に売って、すぐにいなくなるような人であれば、対応しきれなかった可能性もあります。
5. 社会全体が今よりゆるかった
これは良い意味でも悪い意味でもあります。
昔は、今ほどルールが細かくありませんでした。近所の大人、行商、屋台、駄菓子屋、知らない商売人などが、子どもの生活圏に入り込んでいました。
そのぶん、今より自由な雰囲気もありました。しかし同時に、危険や怪しさも多かったのだと思います。
今ならどうなるのか?
今の時代に、学校の校門前で知らない大人が子どもにおもちゃを売っていたら、かなり問題になります。
おそらく、すぐに学校や保護者に通報されるでしょう。
問題になりそうな点は、たくさんあります。
- 学校の許可を得ているのか
- 道路使用の問題はないのか
- 子どもに直接販売してよいのか
- 商品は安全なのか
- 食品なら衛生面は大丈夫なのか
- 生き物なら管理は適切なのか
- 子どもをだましていないか
- 不審者ではないのか
現在では、子どもの安全が非常に重視されています。
そのため、昔のように校門前で気軽に物を売ることは、ほぼ難しいでしょう。
子どもから見ると魅力的だった理由
ただ、子どもの目線で考えると、あの校門前販売には独特の魅力がありました。
学校が終わったあと、校門の外に見慣れない人がいる。机の上や箱の中に、よくわからないおもちゃが並んでいる。実演で何かを見せてくれる。友だちが集まっている。値段も、子どもが買えるくらいの金額になっている。
これは子どもにとって、かなり強い誘惑です。
今のようにスマホもネット通販もない時代です。子どもが新しいおもちゃや珍しいグッズを見る機会は限られていました。
だからこそ、校門前に突然現れる謎のおもちゃ売りは、ちょっとしたイベントのように感じられたのでしょう。
大人になって考えると少し怖い
しかし、大人になってから考えると、少し怖さもあります。
- 誰が売っていたのか
- どこから来たのか
- 学校は許可していたのか
- 商品は安全だったのか
- 子どもに売ってよい物だったのか
- お金のトラブルはなかったのか
そう考えると、かなりあいまいな存在です。
懐かしい思い出ではありますが、同時に、昔の社会のゆるさを感じる話でもあります。
昔は今よりも自由だった。しかし、その自由の中には危うさもあった。
校門前の変なおもちゃ売りは、まさにその象徴のような存在だったのかもしれません。
あとがき
小学校の校門前で変なおもちゃやグッズを売っていた人たちは、多くの場合、学校とは無関係の行商人や露天商、子ども向け商品の販売業者だったと考えられます。
今の感覚ではかなり怪しく見えますが、当時は駄菓子屋や行商の文化がまだ残っており、子ども相手の小さな商売が成立しやすい時代でした。
もちろん、すべてが悪質だったわけではありません。安いおもちゃを売って、子どもたちを楽しませていただけの人もいたでしょう。
しかし、学校の許可なく、子どもに直接物を売っていたとすれば、現在ではかなり問題視されるはずです。
つまり、あの人たちは、 昭和から平成初期にかけて残っていた「校門前の子ども向け行商」 だったと言えます。
懐かしいけれど、少し怪しい。楽しかったけれど、今考えると危ない。
そんな、昔の学校まわりにあった不思議な風景の一つだったのではないでしょうか。
※この記事は、昭和後期から平成初期ごろの一般的な体験談や当時の地域文化をもとにまとめたものです。地域や学校によって実態は異なる可能性があります。