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第03話(一)異世界からの転生者ムスイ(1)
「天元」――
世界の中心にして、神が住まう天上の領域。
雲よりもはるか上空に存在するその場所には、人族や魔族の力をもってしても、たどり着くことはできない。
そこに住むのは「魔王」と「女神」の2人だけだった。
「魔王」は全知全能の力を持つ絶対的な存在であり、この世界そのものを創り出した張本人だ。
そして「女神」は、その魔王が生み出した存在だ。
魔王は女神にあらゆる知識を授け、いずれ立派な神となるよう教育を行っていた。
世界の成り立ち、生き物の仕組み、魔法の原理――教える内容は多岐にわたる。
しかし、当の女神は自由気ままな性格で、勉強に身が入っているとは言い難い。
魔王もそんな女神の生き方を尊重し、厳しく育ててはいなかった。
物語は、そんな2人のもとに「とある転生者」が現れたところから始まる。
「魔王様、紅茶を持ってきましたよ」
「ああ、すまないな」
魔王は女神が差し出した紅茶を受け取り、口にする。
「ふむ……腕を上げたな。香りがいままでよりも数段良くなった」
「わかりますか、魔王様。
森の奥にとっても綺麗な花が咲いていたので、使ってみたんですよ」
「そうか」
女神は紅茶のことなどよくわかっていない。味だって良いはずがない。
しかし心優しい魔王は「生花を使ったのか?」などとツッコんだりはしない。
いかなる状況であろうとも、まず女神の心遣いを受け取り、誉めてやる。
それが魔王の流儀なのである。
そんないつもの穏やかなひとときの中で、不意に魔王の目が細められた。
「ほお……」
「どうかされましたか、魔王様?」
「珍しい来客だ。異世界からこの世界にやってきた者が2人いる」
「まぁ!」
女神の顔がぱっと明るくなった。
「魔王様が以前お話しされていた『転移者』と『転生者』と呼ばれる存在ですね」
「ああ、そうだ。
この世界が誕生して約千年の月日が流れた。
そうしたことが起こってもおかしくはない頃ではある」
「私、楽しみにしていたんですよ」
「だが……」
「どうかされましたか?」
魔王は一瞬考え込むようなそぶりを見せたが、すぐにやめた。
「いや、今はいい。
さて、私は転移者の方を対応する。
女神、お前は転生者の方を頼めるか」
「はい。どのようにすればよいですか?」
「異世界に転生されたことで、かなり混乱しているだろう。
事情を説明し、落ち着かせてやるんだ。
まずは、転生者が前の世界で生きていた記憶を見せてやろう」
魔王は女神の額に手をかざし、転生者の記憶を直接送り込んだ。
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・その男はパソコンを使い、インターネットで囲碁を打っていた。
・負け続けており、ひどくイライラしていた。
・「三段」から二階級降格、「初段」に落ちていた。
・怒りが爆発し、パソコンの画面をぶん殴った。
・「グギギギギ!」 感電した。
・無様に横たわり、死んだ。
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女神はその男の最期を見届け、静かに目を開けた。
「このような理由で亡くなられたのですね……お気の毒に」
「そうだな。だが、この死に方ではあまりに品が無い」
魔王は自らの力を使い、男の遺体とその周辺に手を加えた。
壊れていたパソコンは綺麗に元に戻り、室内も整えられていく。遺体もパソコンの前で穏やかに横たわる姿に変わった。
「これでこいつは、ただの心臓麻痺で死んだことになるだろう。
こやつの人としての尊厳も守られよう」
「魔王様はお優しいですね」
女神はニッコリと微笑み、感心している。
「その男の名は『ムスイ』という。
いきなりの転生で混乱していることだろう。
丁寧に事情を説明してやってくれ。
そして、この世界でなすべきことは何かを考えるようにと伝えるんだ」
「わかりました。
では、行ってまいります」
女神は一礼し、ムスイがいる精神体の世界へと向かった。
■■ 自分の死を受け入れられないムスイ ■■
ムスイは周囲を見渡した。
白い霧のようなものが漂う、見たこともない不思議な空間だ。
上も下も曖昧で、現実感がまるでないような感覚を覚える。
「こ、ここは……?
さっきまで自分の部屋でネット囲碁を打っていたはずなんだけど……」
ムスイは混乱していた。
そこへ、女神が姿を現す。
「初めまして、ムスイさん」
「あ、あなたは……?」
「私は女神と申します。
亡くなられたあなたを、新しい世界へと導くためにここへ参りました」
それを聞いて、ムスイは首をかしげる。
「え? 私が死んだ?
何を言っているんですか?
死んでませんよ?」
「信じがたいとは思いますが、
あなたは自宅の部屋でパソコン画面を殴った際に感電し、命を……」
「いやいやいや、ちょっと待ってください。
こうして意識があって、話せてるじゃないですか。
生きてますよ。
いったい何を言っているんですか?」
ムスイの声には、困惑と呆れが入り混じっていた。
「お気持ちはわかります。
突然こんなことを言われても、すぐには受け入れられないですよね。
ですが、今のあなたは精神体の状態にあり――」
「ええ~? 精神体?
いったい何を言って……」
ムスイはそう言いながら自分の頬をつねってみた。
……痛くなかった。
「……あれ?」
もう一度、今度は「フヌー!フヌー!」と全力で引っ張る。
しかし、信じがたいことに、まったく痛くない。
「そうです。そうなんです。
今のあなたは精神体になっているため、痛みを感じることが――」
「ああ、そうか。
わかった。これは夢だ!」
「え?」
「夢だから痛くないんだわ。
うんうん、そう考えればつじつまがあう。
ああ、思い出した。
囲碁を打ち終えた後にお布団に入ってヌクヌクした記憶がある!
そうだ、間違いない! これは夢だ!」
ムスイは一人で納得のいく答えにたどり着いた。
そんなムスイを見て、女神は動揺する。
「ム、ムスイさん、落ち着いてください。夢ではありません。
とにかくお話を聞いて――」
そう説得しようとする女神に、ムスイは牙をむく。
「ええい!
何が話しだ!
何が死んだだ!
このペテン師め!」
「ペ、ペテン師!?」
「新手の詐欺を仕掛けているつもりだろうが、そうはいかんぞ!
その程度の口車で私をだませるとでも思ったか!
このたわけが!
そんなことで私の口座からお金を引き出せると思ったら大間違いだ!!
とっとと失せろ!!
このボ●ナスが~!!」
(シュン!)←ムスイ、強制転生
女神は顔を背け、手をかざし、ムスイを強制的に転生させてしまった。
本当は、もっと色々と説明したいことがあった。
この世界のこと。転生後の生き方のこと。
だけど――これ以上、女神は耐えることができなかったのだ。
■■ 魔王、静かに怒る ■■
女神は魔王の元へと戻った。
「ただいま戻りました……」
魔王はすでに転移者の対応を終え、先に戻っていた。
女神はわずかな間に、かなりやつれているように見受けられる。
「大変だったようだな」
「はい……本当に……」
魔王は女神の額に手をかざした。
女神が体験したことの一切を読み取り、すべてを理解する。
「……なるほど。こういう奴だったか」
魔王は、先ほど部屋で感電死したムスイの映像を映し出した。
穏やかに眠るその姿を見つめ――ムスイの方に手をかざす。
魔王は、安らかに横たわっていたムスイを全裸にした。
顔とお腹に変顔のペイントを施した。
酒瓶を両手に握らせた。
壁にもたれかかるように逆さにして、脚全開のポーズにした。
それはもう、目を背けるしかないほどに無様な光景であった。
「こうしておけば、変態芸の練習中にアルコール中毒の心臓麻痺で急死したと判断されることだろう」
「あらあら、まぁまぁ……」
女神は少し困った顔をしていたが、特に魔王を咎めようとはしなかった。
魔王は画面を切り替え、異世界で生まれたばかりのムスイの方を映しだす。
「ふうむ、こいつが異世界からの転生者ムスイの現在の姿か……む?」
魔王はムスイを見て、何かに気づいた。
「どうかされましたか、魔王様?」
「こいつは……」
魔王はムスイを見て何かに気付いた。